Social Worker's Note

社会福祉士です。現場で感じたことや考えたことを発信します。

慎泰俊『ルポ児童相談所』(ちくま新書)

ルポ 児童相談所: 一時保護所から考える子ども支援 (ちくま新書1233)

 前著『働きながら、社会を変える。』が素晴らしい本でしたし、著者が代表を務めるLiving in Peaceの活動の斬新さにも感動していたので、この最新著作も読まないわけにはいきません。

 

 この著者から児童相談所や一時保護所がどんなふうに見えているのだろうかという期待と不安を感じながら読み始めました。

 

 結論から言うと、『働きながら、社会を変える。』の時のような、児童福祉の世界に飛び込み、格闘しながら書かれていた文体の新鮮さは消えており、内部の一専門家としての発信になっているように思います。

 

 別の言い方をすれば、内部の人が既に考えていることや思っていることがほとんどで新鮮さはありませんでした。ですが、今回はそれがちくま新書という大きなメディアで広く拡散されることにこの本の意義はあるのだと思います。

 

 この本では、一時保護所が安心な場所にはなっていないということが問題視されていますが、この本には一時保護所が「行動観察」の場という点がすっぽり抜けています。そういう機能があるということについての言及がないので、一時保護所を精確に論じているとは言えません。安全を確保することも大事なことですが、家庭や地域から一定期間離れることによって、その子どもの本来的な能力を見極め、家族間調整をする期間(機関)でもあるのです。それも一時保護所の大事な機能の一つだと思います。その点いついての言及がないことがまず残念な点です。

 

 児童相談所が行う相談援助のプロセスのなかで、一時保護は調査の一部であり、その期間の間、行動を観察し、援助決定に向けた調整を行っています。

 

 上記のことを理由に、ここで私は、著者が発見した不適切なケアワークが正当化されると言いたいのではありません。著者が一時保護の基本的な機能についての認識がないままに一時保護所について論じていることが残念だと言いたいのです。

 

 もう一つは、一時保護所を問題視するための根拠が、過去に一時保護所にいたことのある人のインタビューであるということも気になりました。一時保護所に連れて来られたこと自体も、当時子どもだった人にとっては大変なストレスであったはずです。そのなかで一時保護所だけを取り上げてマイナスの記憶だけを引き出し強化するようなインタビューになっていないでしょうか。当時親にも学校の先生にも児童福祉司みんなにムカついていたかもしれません。自分(著者)が得た証言だけがどうして精確なものだと言えるのでしょうか。自分がインタビューした材料(根拠)だけで一時保護所全体を語っていいのかなという怖さを感じました。この著者の取材に応じる方だけが、一時保護所の利用者だっただけではないはずです。そこも残念な点です。

 

 著者が後半で書いている政策提言については異論はありませんし、この著者本来の専門性を導入して、児童福祉の領域にイノベーションを起こしてほしいと切に願うところです。そのためにも精確な現状認識や内在的な論理の把握が必要なのではないかと思います。

 

 これは私の意見ですが、素晴らしい実務者たちはその個人だけが素晴らしいのではなくて、その組織がその人を育て、成長させる機能を持っているその結果だと思います(逆にダメな人だと言われる人も同じだと思います)。フォーカスを人ではなくて組織に当てないとこの組織の構造的な問題は見えてこないだろうと思います。この本では素晴らしい個人がいたという論調が強すぎるようにも思います。

 

 この著者が素晴らしい能力を持った方であることは間違いありません。今回はこの本の限界を指摘したつもりです。私は、この著者が自身の高い能力を少しだけ使って、児童相談所児童福祉司を経験しながらフィールドワークをして、児童相談所の内在的な論理を掴み、これまでの児童福祉の世界を一新するようなイノベーションを起こしてほしいと思いました。