#006
実務で虐待という現実に向かうときに、援助者側がその現実をどのように認識するのかというのは決定的なことです。それにとって援助展開はまったく違ったものになるからです。
マスコミや司法という世界では、前者のフレームワークで、虐待現実を認識することが多いような気がします。このフレームワークで認識することによって、感情が揺さぶれます。圧倒的な被害者への同情なのかもしれません。
しかし、虐待現実は被害者と加害者を簡単に割り切ることができないから大変なのです。 被害者が家族という宇宙のなかでは、大人へ反抗的であったり、加害者である親が自らの子ども時代には被害者であったりするわけです。そんな固定的に語ることはできません。
そういう複雑さを含んだエネルギーの爆破を虐待現実と認識させるのが、〈人間苦〉的フレームワークです。その当事者はみんな苦しんでいており、それを解決するのが暴力であったという悲しい現実こそが虐待現実なのだろうと思います。